2019年。ベントレー モーターズが設立されてからちょうど100年を迎えた年の7月、ベントレーは未来に向けたロードマップを発表した。それは地球環境と人間の営みを持続可能とさせるサステナブルな社会においてもなお、ラグジュアリー・カーブランドのベンチマークであり続けるための宣言だった。そこで披露されたコンセプトカーEXP 100 GTは、次世代のグランドツーリングの姿を示すとともに、テクノロジーの進化によるさらに上質なホスピタリティの提供と伝統工芸とも呼ぶべき職人技術の共生の姿を予見させた。

「伊東に30年ほど前に建てられた素晴らしい建築があるんですが、どうですか」

今回の撮影企画に際して、ゲストから提案されたのは静岡県伊東市にある、かつて企業の保養所として使用されていたアンティークな面持ちの施設だ。一般に広く知られた建物ではない。1990年代初頭に建築家の新居千秋さんによって設計され、“春宵一刻値千金”(すばらしい春の宵の一刻には千金の価値がある)という中国の詩に倣い「春宵館」と名付けられた。その後、オーナーチェンジを経て閉鎖されたが、いままたかつての「春宵館」に新しい価値が吹き込まれようとしている。「TIMELESS COURT IZU(タイムレスコート イズ)」と新たに命名されたそのプロジェクトを任されたのが今回のゲスト、建築家の浜田晶則さんだ。

浜田さんを一躍時の人にしたのは数々のプロジェクションマッピングの作品や、最新のデジタルテクノロジーを駆使したデジタルコンテンツ開発で知られるチームラボによる「チームラボクリスタルツリー(2013)」だろうか。浜田さんはチームラボアーキテクツのパートナーでもあり、おもに建築設計とデジタルアートを担当する。一方で自身の設計事務所AHA浜田晶則建築設計事務所も率いており、こちらではより”環境と人間の営み”に力点が置かれた活動が多い。渋谷・ミヤシタパークの「パンとエスプレッソとまちあわせ」というカフェに設置されたTorinosu(2020)という根曲りの木を利用した大型のファニチャーはその代表作のひとつだ。

試乗を兼ねて浜田さんにベントレーコンチネンタルGTのハンドルを預けて「TIMELESS COURT IZU」の改修前の現場を訪ねた。道中、浜田さんに近年のベントレーのフィロソフィ、2025年にむけた戦略などについて話すと「これからご案内する施設のリノベーションコンセプトに似ているように思います。タイムレスな価値、過去から未来をいかに結束させるかがテーマですから」とのこと。

東京都心からおよそ2時間半。伊東の急峻な山間部を切り開いた別荘地のなかを行く。やはりベントレーコンチネンタルGTはこういう場所がよく似合う。

12気筒659馬力、335km/hの実力はしばらく休憩。閑静な別荘地を静々と走るコンチネンタルGTスピード。

「この物件は次世代に伝えるべき『JIA25年建築』にも選定された90年代の名作です。 これをレジデンシャルホテルとしてリノベーションしていくのですが、可能な限りオリジナルを継承しながら、現代の技術でアップデートするべきところはしていきます」

新居千秋さんによって設計された外観はほぼそのまま活かされるようだ。予定ではこの広大な庭に屋外プールが加わるそう。

「コンセプトはTIMELESS(タイムレス)。90年代に建てられたこの物件に、次の30年も魅力的に愛される存在にできるような価値を付加させていこうという試みです。そのために現代の技術や素材を用いますが、あえて90年代よりも前の古材なども使用する予定です。そうすることで様々な時間軸のモノの集合とつくられるこの建物は、タイムレスな存在になるはずだと考えています」

それはEXP 100 GTで使用される木材に、何世紀にもわたって泥炭の沼底で化石化したオーク材を使用する試みにも似ている。また一方でEXP 100 GTが日本の金継ぎにインスパイアされた技術を導入しているように、技術面においてもタイムレスな価値のあるものを採用していく予定だそうだ。

なんとも幾何学的な構造体を成しているエントランス。これが企業の保養所だったとは。

「このエントランスは、当時すべて手計算で設計されたと新居先生から聞きました。それだけでも圧巻なのですが、さらに目を凝らしてみると、やはり気の遠くなるような手間をかけた工芸的なディテールがあちらこちらに散りばめられていることに気づきます。しばしば古い建築物を例に、<現代の技術では再現できない>などの言葉がでますが、それは現代の技術が発達していても、部材の調達や、時間的、経済的制約などを含めた様々な理由があるものです。だから過去に贅を凝らし時間を費やして作られたこのような建築はとても貴重ですし、それをいかに残すかという仕事はとても意味のあることだと思います」

圧巻のエントランスの細部に目をやるとスチールと薄く裁断された木材が重ねられていることに気づく。そのディテールが全体を作っている。

建具はすべてオリジナルで製作されたと思われるが、驚くべきはその精度。30年以上前に製作されているのに、歪みひとつなく、動きがスムーズなところ。

ダイニングエリアのライトもやはりオリジナル。しかも真鍮で作られている。これらはすべて撤去せずに再利用される。

これも浜田さんを唸らせたディテール。柱に走るスリットが七色に光って見えるのは幅6mm程度の細い真鍮がエイジングしたもの。なんという手間。

何かを作ることで何かを壊してしまうということに違和感を感じます、という浜田さん。それは建築も自動車も同じ。人間の営みによって自然を壊すのではなく、ともに共生していくことで、それが価値になる時代だ。浜田さん率いるAHAではそこも重要なテーマに掲げる。

「ONEBIENT(ワンビエント)というプロジェクトを進めているのですが、それは人が少なくなってきている里山に、環境負荷の低い小さな建築をその土地の個性を投影するようにつくることで、その土地が持つ価値をより多くの人々に届け、人と自然と地域を再生することを目指そうとしています。忘れられてしまったかのような往来のなくなった場に人が再び入ることで、より良い自然との共生関係を作ることができないか、という実証実験でもありますね」

「また、2025年の関西万博では複数の若手建築家たちが会場内の休憩所やトイレをそれぞれ設計するのですが、コンペを経て僕らもそこに参加しています。そこでは人間にとって太古からの建築部材である土と木と、最新デジタルテクノロジーのひとつである大型の3Dプリンターと5軸の木材加工機を使って建築をつくります。目指すのは、自然の峡谷のような建築と言っていいかもしれません」

コンチネンタルGTの工芸品のような細部の作り込みに浜田さんは感心する。

浜田さんの仕事には常に過去と現在、アナログとデジタル、伝統と革新など、あらゆる対極がつなげていくダイナミズムを感じる。

「確かに”継承”とか、”つなぐ”という意識はあるかもしれませんね。でもこんなことを言うと元も子もありませんが、結局一番大切なのは直感的に美しいとか、すごいとか、気持ちいいとか、楽しいとか、強く感動するような感情を呼び起こすことだと思います」

技術、伝統。それらの集積としての歴史。ベントレーモーターズを構成しているものはすべてエクストラオーディナリー(類まれで、特別な)なものばかりだ。ただし、そこにはかつてのオイリーボーイたちが熱狂した、スピードやパワーへの情熱がなくてはならない。

「2025年以降にベントレーから登場する予定のEVには興味を惹かれますね。一方で、今回試乗させていただいたコンチネンタルGTの精緻なエンジンの存在はそれだけで胸躍ります。それはきっと手作業と先端技術による少量生産がもつ工芸的な魅力なんでしょうね」

浜田晶則(はまだあきのり) AHA浜田晶則建築設計事務所(Aki Hamada Architects)代表。teamLab Architectsパートナー。1984年富山県生まれ。東京大学大学院修士課程修了。2012年にstudio_01を共同設立。2014年AHA設立。同じく2014年teamLabArchitectsにパートナーとして参加。本文でも触れたように、2020年Hodgeを共同設立しONEBIENTの宿泊事業を複数の土地で進める。明治大学兼任講師。